【累々舎】京庵・お題03

累々舎

http://ruiruisha.hanagasumi.net/

I pray for ...

毎度毎度、勝利を掴めば莫大な賞金が約束されているKOFの大会だが。
試合開催地は、必ずしも各国首都圏内で行われるわけではない。
寧ろ。異種格闘技の名に相応しいように、人口数も少ない僻地やら治安の宜しくない場所が選ばれることも決して少なくなく。
そうなれば当然――選手が滞在する宿泊場所など、整った施設など望むべくもない、なんてことになる訳で……。

「うぇっ……、寒っ!!」
凍風渦巻く北方の地。
あてがわれた部屋の、あまりの暖房の効かなさに耐えかねて、京はホテルのロビーに舞い戻っていた。
――どういう趣向か、今大会は本チームの試合よりエディット制の試合が先に組まれ、おまけにそれも予選から……、などという予定で。
放り込まれた名目通りのおんぼろホテルにルームサービスなどある訳もなく。
ラウンジで見かけたバーに居座って、酒を呷るつもりでいたのだが。
ふと視界に入った銀の案内板を見て――京は足取りを変えた。

強化ガラスの窓の向こうでは、真っ黒の闇と白い粒が踊り狂っている。
しかしその内側は、ほんのりと――蒸し暑い。
生い茂る、南国の樹木。真っ赤なハイビスカス。
「バカじゃねェの……」
呆れて、京が呟く。
『植物園』と、確かに記されてはいたが。
何故にこんな北方の地で。まともな暖房器具もないような寂れたホテルの横に、こんな常夏の世界を併設しているのか。
全く、理解に苦しむ。
それでも、寒さに縮こまった身体が急速に活気を取り戻していき。
京は一息ついて分厚いコートを脱ぎ捨てた。
白い石の、ベンチというには些か豪奢な腰掛けに座りかけた、時。
「……何の、つもりだ」
聞き覚えのある、微かに錆を含んだ低い声が樹木の向こう側から届き、京は片眉を吊り上げた。
視線を走らせれば。緑の奥に――特徴のある赤色が飛び込んできて、京は目を凝らした。
豪奢な噴水の縁に座るのは、白いシャツと赤ボンテージパンツ姿の八神庵、だった。
――あれよあれよと決まったエディット制チームで、誰彼の抗議の間もなく京が組む破目になった相手の一人、でもある。
ホテルに着くなり姿をくらませていたのだが、何のことはない。
体温の低い彼なりに、本能的に暖かい場所を探し当てたのか、と京は忍び笑いをもらしかけたが。
「何のつもりって、何がだよ?」
嘲笑を含んだような野太い男の声に、京の目端が吊り上った。
庵の、傍らに立つのは。
白毛短髪の――巨躯の男。
今大会のニューフェイスで、確か、名は。
(七枷、社……)
京が無意識に名を覚えたのには、訳がある。
何せ、七枷社は――

庵は身動きもせず目の前の男に顔を向けている。
痛烈な眼光で睨んでいるのだろう。あの、清濁を押し込めてなお澄み渡る、湖面のような琥珀の瞳で。
「……ッ!!」
腹の底から湧きあがる感情に任せ、荒々しく立ち上がりかけた京のもとに、再び嗤うような男の声が届いた。
「ま、ちょっとした意趣返し……、ってな。草薙しか見ねぇ――テメェに」
ククッと不快な笑い声を響かせ。
武骨な指が、庵の細い顎を捉えた。
「付け狙われる立場になった気分はどうよ、お姫様?」
庵は、動かない。
見えはしないが、射殺すような視線を向けている、のは判る。
しかし七枷社は。
さもその眼差しを心地良さそうに受け――むしろもっと間近ではっきり浴びようとでもいう風に。
白い半貌を覆う赤い髪を掻き上げ、腰をかがめて庵に顔を近付けた。
「――言っておくが、俺は本気でテメェを潰すぜ。力ずくってのも、悪くねぇもんなぁ……?」
社の、掠れた低い声に。
京の青筋がブチリと切れた。
「好き勝手抜かしてんじゃねぇ……!!」
逆鱗もあらわに、檄を飛ばし。
常夏の広葉を引き散らし、それでも悠然と、京は大股で二人の間に割り込んだ。
庵の顔に触れたままの社の腕を、さり気ない風を装いながら、相当の力を込めて払いのける。
「相手にされねぇからって絡むなよ、木偶の坊」
くいと顎を逸らせ、傲慢に言い放つと。
社は一瞬だけ鼻白んだ表情を見せ――大仰に肩を竦めた。
「おいおい、宿敵相手にナイト気取りかぁ? 何、馴れ合ってんだよテメェら」
「――テメェにゃ関係ねぇんだよ、引っこんでろ!」
嘲笑に、恫喝の唸りを上げ。
他人事のように横を向く庵の襟首を引っ掴んだ。
「八神、行くぞ!!」
庵は、迷惑とも不快気ともとれる目つきで京を睨みつつ――しかしその手を振り払うことなく、大人しく京に引きずられるまま歩き出した。


「……ったく、気安く触らせてんじゃねぇよ」
冷え切ったホテルの部屋に押し込み。
効かぬ暖房の前のベッドに庵を座らせ、京は自らのコートをその身体に引っ掛けた。
「――貴様にも、関係ない……」
非難が籠る黒瞳を鬱陶しそうに顔を背けて庵が呟き、京は盛大に嘆息した。

――決して人馴れしない、孤高の肉食獣のような庵、だが。
時折、妙な虚脱めいた暇に――容易く、無防備な姿を晒すことがある。
ちょうど、今のように。
実際、誰に触れられようが捕えられようが――どうでもいいと思っているのだろう。
いつ何時でも、自らの心一つで状況を覆すだけの歯牙を有しているものだから。
……だからといって。

「どうでもいい奴に、触らせんな」
冷えた血の気のない頬を掌で覆い。京は膝をついてきつく抱き寄せる。
――たとえ、心が虚ろに侵されても。
「お前に触れていいのは、俺だけだ。忘れんな……!」

横暴に言い放った京の声には、どこか泣きそうな響きを伴っていた。




お題:ゆずれない(Pola star
<< back||TOP