【累々舎】京庵・お題05

累々舎

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益体も無い

「……本能、ってやつじゃないのか。ほら、両雄並び立たず、って言うじゃないか」

――毎度夜毎。
このところ京の日課となっている、宵の深酒と重い溜息に。
紅丸はいい加減聞き飽きた、という風情でいたずらに雑誌をめくりながら言った。
京の目下のお悩み、そのお題目は今夜も変わらず。
『何故、八神は俺を憎むのか』である。

……何故も何も。
八神本人が「気に食わない」と名言しているのだから、それ以上でも以下でもないだろ、と紅丸は思うのだが。
こうも連日、鬱陶しい湿っぽさで呟くのを聞かされていると、京が納得するような分析回答を出さなくてはならないような気になってしまう。
紅丸はモデルもやっている財閥の御曹司だからして、人より多くの人間と接してきたし、『人を見る』ことに慣れている。単に慣れているだけでなく、人並み以上に長けている、という自負もある。
――とはいえ。
(八神は、なぁ……)
草薙家と因縁を持って六六〇年、という旧家の当主であり、かつ、オロチの血を色濃く継ぐ男。
既にこの時点で、『人』の枠を外れているのだ。
人間分析だって難しいっていうのに。人外の血を持つ八神庵に、人間心理の定石がどれほど当てはまるのか。
不毛過ぎて、考えるだにバカバカしい。
(ま、見た目はちょっと――かなりイイ、けど……)
パラパラとファッション雑誌のページを手繰りながら紅丸は考える。
長身で、胸筋は厚みがあるが、高い位置にある腰は細く、すらりと長い手足も同じく。どんな服でも着こなせる抜群のスタイルで、おまけに顔立ちも良い。
目つきは流石にきつすぎるが……、それを野性味と高く評価する者は多いだろう。
(ちょっと目を伏せがちにすれば繊細な印象になるし、かなり使えそうな素材ではあるけど、な――)
……あの、性格である。
試合における尊大凶暴さを見れば、気安く声をかける気など一縷も起きない。
(――って……、ん?)
ふと。紅丸はサイドテーブルに顎をついてだらしなくグラスを傾けている京を見遣った。
旧家の血筋に相応しい、黙っていれば凛々しい、邪気なく笑えば爽やかと、板についている子供っぽい仕草をすれば可愛いだのと評される……、端整な顔立ちの京。
長身の上、身体バランスはモデル体型とは異なるが、彫像モデルに使えるくらい、極めて理想的。
そして性質は、傲岸不遜で粗暴の気、あり……。
(……同属嫌悪じゃないのか――?)
ごくありふれた結論が紅丸の中で急速に現実味を帯びる。
(阿呆らし……)
口の中で呟く。
たとえその通りだとしても、やはり八神庵の憎悪は常軌を逸し過ぎている。
ヒトじゃないから、と割り切った方がまだ理解し易い。『そういう存在』と認識すればいいだけなのだから。
――だから。
その夜、何十回目かの京の溜息に。
『両雄並び立たず』……、と言ってやったのだ。
本能、と付け加えたのは。獣に喩えたと暗に示唆する、いい加減うんざりしきっていた紅丸の皮肉、だったりする。

「――そうかもな」
暫しの沈黙を置いて、京がポツリと応えを返した。
グラスをじっと見つめる横顔は妙に真剣で、紅丸の皮肉に気付いた様子はない。
良かった、と紅丸は安堵する。
憂さ晴らしに口にしたものの、気付かれたら深夜に火事騒ぎになるのが目に見える。当然、そんな事態はお呼びじゃない。
京がクッとグラスの中身を飲み干す。
空になったそれを、京はサイドテーブルにガン、と乱暴に叩きつけた。
「けどよ! 何もあそこまで憎む必要ねぇだろ? 俺だってアイツと闘うのは嫌いじゃねぇし、白黒つけようってんなら受けてやってもいいけどよ……。殺すって何だよ?
つーかさ……、バトったりヤルばっかじゃなくて――どっか一緒に行ったりとか、そーゆーのもしたいって思うもんだろ、普通!!」
ギン、と艶やかな黒い眼が紅丸を見据える。
「…………」
かなりの、沈黙を置いて。
紅丸は片頬を引き攣らせた。
……フツーって、何だろね……。
眩暈を覚えて、紅丸は額に手を当てた。
「ま……、普通が一番難しいっていうしね。仕方がないんじゃないか、八神相手じゃ」
投げ遣りに言って、紅丸はソファにゴロリと寝そべった。


――ああ、阿呆らしい。やっぱり、不毛じゃないか。
八神庵はより一層理解不能の存在になったし、京に至っては憎まれることが問題ではないことにすら気付いていない。
ちょっとでも真面目に考えた時間がバカバカしすぎて、紅丸は顔に開いた雑誌を載せて目を閉じた。




お題:泣きたくなんかないけど(Pola star
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