【累々舎】京庵・お題08

累々舎

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寄り道

――出会った時から。
途轍もなく、近い存在に感じた。
懐かしいような……、そんな深い愛おしさとともに。
相手も同じように感じているのは、くっきりとした二重瞼を持つ黒目がちの目の閃きから窺い知れた。

……邂逅――

そんな言葉が頭に浮かんで。
ただ押し寄せる感情のまま、食い入るように見つめ合う自分達に。
学友たちがキャッキャと色めき立って。
「一目惚れ!? 付き合っちゃいなよ!!」と騒ぎ立てて――何となく……、そういうことになった。

『誰よりも、大事だと思ってるよ』
少し困ったような、それでも至極真面目に答えた『彼』を。
インタビュアーは純愛、と解したのだろう。
KOFの特集を組んだ雑誌の、選手紹介の『彼』の『大切なもの』の項には。
『バイク』の文字の下に、『ユキ(彼女)』と記されていた。

テレビの画面に流れるそのインタビューの模様と、その雑誌を眺めていた『彼女』は。
小さくクスリ、と笑った。
『彼女』は。誰よりも正確に、『彼』の心情を捉えていた。
だってそれは、『彼女』の真意でもあった、から。

――人の魂が何処から来て、何処へ流れ着くのか……。
そんなことは、誰も知る由もないこと。
それは『彼女』――ユキにとっても同じこと、だけれど。

ユキは、『クシナダ』の転生者、だった。
そうしてそれを知った、『彼』……、草薙京、は――

「あぁ! だからすっげぇ懐かしい感じがしたんだな!!
あれだな、すんげぇ遠い――婆ちゃんみたいなもんだもんな!!」

……言うに、こと欠いて。
確かに、『クシナダ』の夫を始祖とする草薙家の伝承が正しいのだとすれば。
京はその子孫であり。表現上は――その通り、なのだけれど。
だがしかし。
時は現代。至極真っ当に、世間一般の常識通りの基礎経歴を重ねている、齢、十八の花も恥じらう乙女に向かって。
二つも年上の、成人式も終えたにもかかわらず高校在籍、などという――峻峰を破壊して我が道を突き進むような男に、『婆ちゃん』呼ばわりされる覚えはない、とユキは思う。
しかもだ。
本人同士は、そう感じていなかったのは紛れもない事実であるけれども。
少なくとも周知には、『彼氏、彼女』という間柄として認知されていた存在に対して、である。
――もっとも。
「え、じゃあ俺って『スサノオ』の生まれ変わりか!?」なんて言われでもしたら、鳥肌ものじゃ済まなかったとも思うのだが。

とりあえず、あの時。
ユキは、それなりに傷ついた。
というか。笑ってしまうぐらい、腹を立てていた。
――どうして私、格闘技やってなかったのかな〜。京のライバル? の、赤い髪の人が京に食らわせてたすっごい速いあの技、私も今使いたいわ〜、と笑顔のまま爽やかに思ってしまうくらいに。

……まずは一発殴りたい、なんて気持ちもあったけれど。
ようやく判った、懐かしさと愛おしさの源流に立つ境地で――言葉にならないだろうけれど、言いたいことは、山ほどあった。
こうして、現代に生きて。
生きる道はバラバラであろうとも――やっぱり、『彼』は。
誰よりも慕っていた『夫』の……、その面影をどこか残す、大切な血脈の子、だから。
『現代(いま)』を生きるユキには、遠くで見守るように祈ることしか、できないだろうけれど。
時々は、元気な姿を間近で見たい、とか……。

けれど。
怒涛のように流れ来る運命を生きる『彼』に。
ユキの杞憂など、それこそ心配性の――家族の言、みたいなもの、だろうから。
「待ってるからね、京」
……ユキの年齢に相応しい言葉で。そう、表現した、けれど……。


「――いや、何でって。こういうの考えるの、女の方が得意だろ?」

駅前の、シックな喫茶店の奥まった位置にあるテーブルで。
『彼』――草薙京は、忙しない仕草でカップに突き立てた銀色のスプーンでコーヒーをかき混ぜていた。
ポチャン、と思い出したように角砂糖を一つ落として、更に。
……入れてからかき混ぜればいいのに。というか、その手のスナップ、生クリームでも作れそう、とユキは思いながら。
ぼんやりと、小さな窓から外を眺めた。
――駅へと向かう、人の流れ。
それぞれが忙しそうに、帰路を急いでいる。
「私も、暇じゃないんだけどな……」
独り言のような呟きが洩れ、京が眉を吊り上げた。
「……んだよ。相談くらい、乗ってくれたっていいじゃねぇかよ……」
片頬を膨らまし。子供のようにふてくされる――二十歳の格闘王。
絵面的におかしい、と思う。
不思議と、京には違和感がないあたりが、より一層。
ユキは胸の裡で溜息をこぼした。
――それが苦笑混じりなのが、自分でも癪に思う。

見慣れぬ十字の黒シャツと白ジャケットにジーンズという姿で。京は、唐突にユキの前に現れた。
それは本当に突然で、久し振りで。
驚くユキに、京は今までの経緯を至極短く――「ちょっと拉致られて、追われてるし俺も追ってるんだけど」などという説明で切り上げて。
「それよりさ、ユキに折り入って相談乗ってもらいたいことがあってよ。ちょっと、いいか?」
などと言ってくるものだから。
以前、母に一度だけ連れてきてもらった……、恐らく常連にしかわからない位置にある、この喫茶店に連れてきたのだけれど。

――嗚呼、またもや。
言うに、こと欠いて……。

「なぁ、八神の誕生日プレゼントって何がいいんだろうな?」

……で、ある。

はっきり言って、ユキはKOFの試合など殆ど見たことがない。
テレビでも大々的に放送されているから、時折――暇な時に眺めるぐらいは、したことがあるけれど。
したがって、ユキに判るのは。
『ヤガミ』さんは、KOFに出場している選手で。
赤い髪をした、京のライバルで。
バンドをやっているらしく、「カッコイイ!!」と学友たちが騒ぐような人物である、ことと。
京が一方ならざる執心を抱いている相手……、ということだけ、なのだ。

――いや、そんなことはとりあえずどうでも良い。
どうして久々に顔を合わせて。
何でそんなパーソナルな、ユキにとっては至極どうでもいい超個人的な相談事を持ちかけて来るのだろうか、この男は。
もっと他に、心配することがあるんじゃないの、とユキは思う。
例えば、まだ学校に籍はあるのか、とか。
家族のこと、とか。
……心中で並べはしてみたが、どれも常識外の世界で生きる京が思い至る内容じゃないな、と考え直し。
ユキはフゥと溜息をついた。

「そんなこと言われてもさ――私、『ヤガミ』さんがどんな人かも、知らないし」
紅茶を一口啜って。
……あぁ私、明日進路指導の日だわ、と気付く。
漠然としていた未来を、きちんと形にしなければならない――そんなユキの前で。
色よい回答を得られなかったせいだろう。京は、今度は両頬を膨らませて恨めしそうにユキを見遣っていた。
その様に、ユキもとうとう笑みをこぼしてしまった。
「……何だよ?」
「別っに〜? ……いいね、京は気楽そうで」
笑いながら、ユキは紅茶を飲み干し。
荷物をまとめて立ち上がった。
「二階堂さんにでも、聞いたら? 『ヤガミ』さんのこと、知ってるんでしょ?」
途端に京は嫌そうに顔を顰めたが、その理由をわざわざ聞いてやる気にもならない。
どうせ愚にもつかない、ユキとってはどうでもいい内容に違いないのだから。
……けれど。
ユキはふと足を止め。
「でもね、京。誰かに相談して決めるより、京が『ヤガミ』さんのことをちゃんと考えて決めた物を贈った方が、気持ちが伝わると思うよ?」
最大級のヒントと笑顔を投げて。
「じゃあまたね、京」
と、手を振って店を後にした。


雑踏を歩きながら。
――やっぱり、心配なんてするだけ無駄だったな、とユキは思った。
しかもあんなどうでもいいことに、それなりの回答を与えてしまうあたり、私も京に甘いなぁと笑みで目を細める。

……言葉にならないけれど、言いたいことはたくさんあるし。まだ殴ってもいないけど。
とりあえず、元気な姿が見れたからいいか、と思い。
足取りも軽く、ユキは帰路を急ぐ人並みに紛れて行ったのだった。




お題:相談役(Pola star
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